2012年4月13日金曜日

レース (手芸) - Wikipedia


レース (lace) は、手芸の一分野で1本または何本かの糸を用い、すかし模様の布状にしたものの総称である。

狭義には、ニードルレースとボビンレースを指し、これはヨーロッパを中心としたレースの伝統をもつ地域では一般的である。広義のレースは、刺繍レース、鉤針編みレース、棒針編みレース、タティングレース、フィレレースなどを含み、これは主に19世紀以降にレース技術が伝わった地域で一般的である。

ニードルレースボビンレースは、中世ヨーロッパでは「糸の宝石」と呼ばれるほど珍重され、貴族がこぞって買い求めた[1][2][3]

日本においては手芸の分類としてレース編みと一まとめに表現しているが、単に"レース編み"と言えば、ふつうクロッシェレース(かぎ針編みレース)を指す。他は"タティングレース"・"ボビンレース"等と区別して表記することが一般的である。しかし、実際には織る・結ぶといった方法で作られるレースも「レース"編み"」として表現されることが多く、注意が必要である。

レース技法に対する認識の低さは、日本においては政府が1870年代に横浜に設立したレース教習所が唯一の教習所であったこと、他のアジア各国のような手作りレースの輸出産業が発展しなかったこと[4]に起因する。

以下、中世貴族と共に繁栄したレースの歴史と、現代の日本でレースと呼ばれている技術について述べる。

紀元前1500年頃のエジプトでは、網状のレースや刺繍レースが使用されていた[5]。古代ギリシア人やローマ人たちは、糸や金糸でトーガやペプラムを美しく飾った[5]

また、日本の唐招提寺に現存する「方円彩糸花網」(ほうえんさいしかもう)は、8世紀半ば以前に中国で制作されたもので、はヨーロッパのニードルポイントレースに極めて類似した技術で作られている[6]。このことは、ユーラシア大陸の東西それぞれに技術が伝搬したことを示している。

中世ヨーロッパの修道院の修道女たちの日課の手仕事に、ドロンワークやカット・ワークなど、ナンズ・ワーク(修道女の手芸品)と呼ばれるものがあり、13世紀イギリスの女子修道院規約の記述に使われていることから、レースの語は女子修道院から誕生したといわれる[要出典]

15世紀頃までには、フランドル(現在のオランダの一部、ベルギー西部、フランス北部)やイタリアのヴェネツィアで、ボビンに糸を巻いてブレードを編む方法が考案されていた[1][2][3]

15世紀までのヨーロッパでは、レースは実用的な用途に用いられる飾り紐のようなものであり、家庭の中で作成されていた。レースが装飾的なものに変化したのは、16世紀に入ってからである[1][2][3]


結婚式は長い距離を旅してゲストを認める

15世紀末から16世紀初頭にかけてのイタリアのヴェネツィアにおいて、ドローンワークカット・ワークから、レティセラやニードルレースが考案された[1][2][3]。一方、ヴェネツィアやフランドルにおいて、飾り紐やブレードからパスマン(ブレードを組んで作ったレース)やボビンレースが発展した[1][2][3]。これらのレースは、ヴェネツィア商人によりヨーロッパ中に広められ、レースが装飾として独立して作られるようになった[1][3]。イタリアで流行したレースは、ヴェネツィア商人により、フランドルのアントウェルペンを経由して、速やかにヨーロッパ全域に広まった[1][3]

当時、イタリア製のレースは国外でも注目され、ヴェネツィアンレースとしてイギリス、フランス、スペイン、ドイツなどへ、ヴェネツィアの商人によって持ち込まれていた[1][3]。イギリス国王エリザベス1世はのレースの衿を好んで用いた[1][2]

フランスでは、1533年、アンリ2世と結婚したフィレンツェのカトリーヌ・ド・メディシスによってイタリアのレースが紹介され、さらに姪のマリー・ド・メディシスがアンリ4世と結婚し、レースの需要が高まった[1][3]。レースの購入費が海外へ流出するのを防ぐため、王侯・貴族以外は使用を禁止された[1][2][3]

そのため、フランスでは17世紀中期、ルイ14世の宰相ジャン=バティスト・コルベール公爵の重商主義の一環として、国営の製造所でポアン・ド・フランスが作られた[1][2]。しかし、良質の麻が取れたとの理由でまもなくベルギーにレース作りの拠点が移った。そして、生産性向上の欲求のため、18世紀にフランドル地現ベルギー)でボビンレースが発展した[1][2]

元々、男性司祭の衣装に使われていたレースを女性服飾へ使用したのがルイ15世の側室ポンパドゥール夫人である[1]。ルイ16世王妃マリー・アントワネットもレースを愛好し、フランス革命の原因の1つとも言われている[要出典]

1707年に書かれた詩により、イングランドのメアリー2世がタティングレースの愛好家であったことが推測されている[5]。タティングレースは18世紀以降、ヨーロッパの宮廷で身分ある女性のたしなみとして発展していった[5]

1789年のフランス革命以前より、フランスのレースは生産されなくなっていた[1]。イギリスでは、産業革命により、新しいレース機械が発明された。複雑なレースが安く大量に作られることにより、手作りレースが衰えた[2]

1846年にアイルランドを襲った飢饉(ジャガイモ飢饉)のとき、自分たちの編んでいた鈎針編みレースを輸出し、外貨を稼いだ[1]。これ以後アイリッシュクロッシェレースが他国でも認知されるようになった。

現在では、機械で複雑なレースが安く大量に作られることにより、高級な手作りレースは市場に出回らない。東南アジア製品や観光客向けの工房による、安価でシンプルなレースが細々と残っている。


[編集] 歴史的文献

出版時期(時代) 出版地域  執筆者または出版者(社) 題名 主な内容 備考
1542年 ヴェネツィア マティオ・パガン 女性の生活と装飾の為のポワン・クペと結びの新しい組み合わせ
Giardenetto novo di punti tagliati et gropposi per exercito e ornamento delle donne
刺繍のパターンブック ヨーロッパの各地の出版者により30版ほど再版される
1557年 ヴェネツィア 作者不詳 ル・ポンプ ボビンレースのパターンブック  モデルの作り方に必要なボビンの正確な数を提示
1587年 パリ フェデリコ・ヴィンチオーロ
(ヴェネツィア人)
あらゆる種類の麻製品のためのヴィンチオーロ氏の新奇なポートレート
Les singuliers et nouveaux portraits du seigneur Federic de Vinciolo,Vénitien,pour toutes sortes ď ouvrages de lingerie
ポワン・クペとネット刺繍のパターンブック メアリ・スチュアートやカトリーヌ・ド・メヂィシスに献呈された
1593年まで14版重版された
1593年 ヴェネツィア チェザーレ・ヴェチェッリィオ
(ティツィアーノの父)
貴婦人伝
Corona delle nobili et virtuose donne
プント・イン・アリア、ポワン・クペ、レティセラのパターンブック ボビンでも同じ物ができると説明していた
1583年 シュトラースブルク(ドイツ) ベンハルト・ヨービン   パターンブック  幾何学的模様のパターン
1597年 ニュルンベルク(ドイツ) ヨハン・ジープマッヒャー パターンブック 幾何学的模様のパターン
1600年 ローマ イザベッタ・カタネア・パラソーレ パターンブック 幾何学的模様のパターン
1604年 ボローニャ バルトロメオ・ダニエリ パターンブック  中央のチーフの周りに曲線と渦巻き模様を用いた
1620年 ヴェネツィア ルクレティア・ロマーナ パターンブック  幾何学的模様のパターン

[編集] 現代レースの種類

日本において、刺繍レース・手編みレース・手織りレース(ボビンレース)・ニードルレース・機械レースなどがレースとして認識されている。これらのレースのうち、世界的にレースと認識されているのは、ボビンレース、ニードルレース、機械レース、それらの混成レースの4種である[1][2][3]

[編集] 刺繍レース

布地を加工して刺繍を施し、レース様に加工したもの。ニードル・ポイントと呼ばれ、16世紀ヨーロッパにおいてニードルレースに発展した。ニードルポイントレースという表現は、刺繍レースとニードルレースの両方を示すことが多い。

[編集] 手編みレース

鈎針、棒針、シャトル、板などの各種の道具を用いて(または両手を道具として用いて)レース状のテキスタイルを作成する手芸の総称である。それぞれに歴史的な意義と背景をもつ。あらゆる種類の繊維を用いて、日常的な用途に使用されるものが多い。ボビンレース、ニードルレースとは異なり、容易に作成できるため、愛好者も多く、テキストや講習会なども数多い。

[編集] 手織りレース

ボビンレースは、日本の出版物では「編み物」として記述されていることが多いが、本来は作成法から織物(手織り)に分類されるべきレースである。発祥の地であるヨーロッパ諸国では「手編みレース」とは区別されている[1][2]

クッション等の上に型紙を置き、ピンを刺しながらピンを支点として、ボビンに巻いた糸を交差させ、織り上げていくレースである。

作成方法により、2種類に分けられる。「連続糸方式(ストレート・レース)」と「糸きり繋ぎ方式(フリー・レース)」である。

ストレート・レース
最初から最後まで連続した長い糸を用いる。連続糸方式ではレースの幅は使用する糸の細さと、ボビンの数により決定する。柄の部分の織り地が常に地模様と平行であり、裏表の差が出にくいことが特徴である。数百から数千のボビンを使用し、細い糸を用いるレースは高度な熟練度と膨大な時間を要する高価なレースである。
フリー・レース(切断糸)
モチーフだけを先に作り、メッシュまたはフレードで繋がれたレース。モチーフの折り目の方向があらゆる方向を向いているので区別が付く。余った糸をつなぐ為、裏表ができることからも区別が付く。共同作業も可能であり、大きな作品を作ることも容易である。

[編集] ニードルレース

ニードルポイントレースとも呼ばれることがあるが、布地に刺して作る刺繍レースも「ニードルポイント」である為、区別するため「ニードルレース」と呼ぶ[3]。技法的には、刺繍のステッチを起源とするため、刺繍に分類される。日本の出版物では、ニードルレースも「編み物」として記述されていることが多いが、発祥の地であるヨーロッパ諸国ではボビンレースと同様に「手編みレース」とは区別されている[1][2]

作成方法は以下の通りである[2]

  1. 2枚の布地を張った丈夫な紙または羊皮紙にデザイン画を転写する
  2. デザインの輪郭に沿って、芯糸を置き2枚の布をステッチで綴じ付ける
  3. かがった糸にネットかがりをし、2段目からは前段のループと渡した糸を一緒にかがる
  4. かがり方に変化をもたせ、多様な変化をさせる
  5. 2枚の布をはずし、レースだけをはずす

何人もの熟練工により、分業されて作られる。特に大きなレースは特殊技術を持つ熟練工により繋がれる。つなぎ目は肉眼では全く分からない[2]

[編集] 機械レース

1808年にイギリスのヒースコートにより開発された機械レースは、その後の改良により、1830年以降、あらゆる種類のレースを正確に模倣し、質的にも完成度が高いものを安価に提供できるようになった[1][2]

1883年にドイツ人により開発された、ケミカルレースはレリーフのあるレースの模倣を可能とした[1]

現在、機械レースによって、模倣できない種類のレースは存在しない[1]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v Anne Kraatz『レース 歴史とデザイン』訳:深井晃子 株式会社平凡社、1989年、p.11~P.108
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p ブリュッセル王立博物館 『ヨーロッパのレース』株式会社学習研究社、1981年、p.130~P.147
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 吉野真理 『アンティーク・レース』里文出版、1997年、p.18~P.74
  4. ^ Anne Kraatz『レース 歴史とデザイン』訳:深井晃子 株式会社平凡社、1989年、p.183
  5. ^ a b c d 手芸テキスト「レースコース」改訂版、編集:小林和雄 日本ヴォーグ社、2008年8月、第2刷、p.18
  6. ^ 『NHK世界手芸紀行(1) ニット・レース編』NHK取材班

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

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